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松山地方裁判所 平成7年(ワ)555号 判決 1996年3月26日

原告

三津山勅重

被告

織田修司

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する平成五年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分して、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は一項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは原告に対し、金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する平成五年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本件事故により死亡した三津山鬼志男の父親である原告が、本件事故の加害車両を運転していた被告織田、加害車両を保有していた被告会社に対し、被告らが三津山鬼志男の妻子が提起した前訴事件の判決に従い、三津山鬼志男の妻子に対し、本件事故による三津山鬼志男の死亡を原因とする損害賠償金を支払つた後になつて、本件慰謝料請求訴訟を提起し、民法七〇九条、七一一条、自賠法三条に基づき、本件事故により三津山鬼志男が死亡したことによる固有の慰謝料五〇〇万円、及び弁護士費用五〇万円の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成五年四月一二日午前五時五二分頃

(二) 発生場所 松山市本町六丁目五―一先交差点(国道一九六号線)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(愛媛一一あ七六七八)

運転者 被告 織田

(四) 被害車両 普通乗用自動車(愛媛五七た七五五七)

運転者 三津山鬼志男

(五) 事故態様

被害車と加害車が前記交差点で出会い頭に衝突し、三津山鬼志男が胸部挫傷等の傷害を負い、平成五年四月一二日午前六時五八分頃死亡した。

2  被告らの責任

(一) 被告織田は、加害車を運転中に赤信号を無視し、再高速度を時速四〇キロメートルと指定された前記交差点を時速九〇キロメートルで暴走した過失により、本件事故を発生させた。

(二) 被告会社は、本件事故当時加害車を所有し、加害車を自己のため運行の用に供していた。

(三) したがつて、被告らは、民法七〇九条、自賠法三条により、本件事故による損害賠償責任を免れない。

3  前訴事件について

(一) 本件事故による三津山鬼志男の死亡につき、三津山鬼志男の法定相続人(妻三津山志佳子及びその子供三人)は、平成五年一一月一〇日被告らを相手に、松山地方裁判所に損害賠償請求訴訟(以下、右訴訟を「前訴事件」という。)を提起した。

(二) 前訴事件につき、松山地方裁判所は、平成六年三月一四日被告らに対し、損害賠償金総額五五四六万〇五九五円(内金二二〇〇万円が慰謝料)、及びその遅延損害金の支払を命じる判決(以下「前訴判決」という。)を言渡した。そこで、被告らは前訴判決に従い、平成六年三月二五日志佳子及びその子供三人に対し、右損害賠償金等全額を支払つた。

(三) 原告は三津山鬼志男の実父であるが、前訴事件の原告には加わらず、前訴判決が言い渡され、被告らが前訴判決に従い、損害賠償金等全額を支払つた後である平成七年九月六日になつて、本訴を提起するに至つた。

二  原告の主張

原告は被告らに対し、三津山鬼志男の父親としての固有の慰謝料五〇〇万円、及び弁護士費用五〇万円の合計五五〇万円、及び内金五〇〇万円に対する平成五年四月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告らの反論

三津山鬼志男死亡による慰謝料は、前訴判決により二二〇〇万円と認定され、被告らが三津山鬼志男の相続人に全額支払済であるから、原告が本訴において被告らに対し、再度三津山鬼志男の死亡による慰謝料を請求することは、公平の観点からして許されない。

四  争点

原告が本訴で、三津山鬼志男の死亡による固有の慰謝料を請求することは許されるか、許されるとすると、その慰謝料額は幾らが相当か。

第三争点に対する判断

一  原告の生活環境等

証拠(甲二、乙二、原告本人)によると、次の事実が認められる。

1  原告は、大正六年七月二四日生の男性であり、妻との間に四男二女をもうけたが、妻が昭和六三年頃に死亡したため、平成元年頃娘の良子が自宅(愛媛県温泉郡川内町大字南方五三六番地)に戻つて来てくれ、それ以来現在に至るまで良子と二人で暮らしており、自営で駄菓子屋をしている。

2  原告は、本件事故(平成五年四月一二日)当時七五歳であり、歳を重ねるとともに心身も弱り、病院通いをすることも多くなつたが、良子が同居してくれている上、自宅から一五〇メートル位離れた所(愛媛県温泉郡川内町大字南方四三二番地一)に、次男の三津山鬼志男が住んでいたことから、同世代の妻を無くした老人に比べると、非常に恵まれた環境にあつた。

3  三津山鬼志男は、昭和二四年一月三一日生の男性であり、昭和四二年三月愛媛県立東温高等学校を卒業し、本件事故により死亡するまで二六年間、今治市に本社のある四国通建株式会社に勤務し、電気通信工事の仕事に従事していた。三津山鬼志男は、昭和五四年一〇月二四日に三津山志佳子と婚姻し、志佳子との間に三人の男の子を儲けた。三津山鬼志男は、原告の自宅近くに住んでいたことから、生前はよく原告の家を訪れ、原告を釣りや潮干狩に誘つたりして、原告を喜ばしていた。

二  前訴事件に原告が参加しなかつた事情等

証拠(甲一ないし四、乙一ないし三、原告本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  原告は、三津山鬼志男の死後志佳子から言われて、平成五年四月二四日自賠責保険金の請求手続を志佳子に委任し、志佳子を通じて安田火災に対し、三津山鬼志男の交通事故死による自賠責保険金の請求をした。ところが、志佳子は、平成五年七月六日原告に無断で、原告分も含めて右自賠責保険金の請求手続を取り下げてしまつた。

2  そして、志佳子は、有田知正弁護士に本件事故による損害賠償請求訴訟の提起を依頼し、有田弁護士を代理人として、平成五年一一月一〇日松山地方裁判所に、志佳子及びその子供三人を原告として、総額一億〇三〇一万八四四一円の損害賠償金支払を求める前訴事件を提起した。前訴事件が係属中に、安田火災が志佳子及びその子供三人に対し、自賠責保険金合計二九二六万八九五〇円を支払つた。

3  松山地方裁判所は、平成六年三月一四日被告らに対し、損害賠償金総額五五四六万〇五九五円、及びその遅延損害金の支払を命ずる前訴判決を言い渡した。前訴判決では、本件事故による固有の慰謝料として、志佳子が一〇〇〇万円、子供三人が一人当たり四〇〇万円であり、慰謝料総額が二二〇〇万円であつた。前訴判決については、志佳子及びその子供三人、被告ら双方ともに控訴しなかつたので、前訴判決が確定した。そこで、被告ら(具体的には四国交通共済協同組合)が志佳子及びその子供三人に対し、損害賠償金及びその遅延損害金合計五八〇九万六八七二円を支払つた。

4  ところで、志佳子が平成五年七月六日原告分も含めて、安田火災に対する自賠責保険金の請求手続を取り下げたこと、志佳子及びその子供三人が、平成五年一一月一〇日松山地方裁判所へ、被告らを相手に前訴事件を提起したこと、志佳子及びその子供三人が前訴事件係属中に、安田火災から自賠責保険金合計二九二六万八九五〇円を受領したこと、平成六年三月一四日に前訴判決が言い渡され、志佳子及びその子供三人は、同月二五日被告らから損害賠償金等合計五八〇九万六八七二円を受領したことについて、志佳子は原告には一切隠していた。

5  原告は、三津山鬼志男の死後、志佳子及びその子供三人との付き合いが全く無くなつていたことから、志佳子が前記4記載の各手続を取つていたことについては、平成七年三月に至るまで一切知らなかつた。そのため、原告は、前訴事件に原告の一人として参加することができなかつた。

三  考察

1  慰謝料請求の許否

死亡慰謝料には、被害者本人の慰謝料(民法七一〇条)と、被害者の近親者(父親、配偶者及び子)固有の慰謝料(民法七一一条)とがある。本件では、被害者の妻子である志佳子及びその子供三人が、固有の慰謝料として、被告らから総額二二〇〇万円を受領したのであるが、原告も、被害者の実父として、当然被告らに対し固有の慰謝料請求権を有するものである。

もっとも、原告が志佳子及びその子供三人と共謀の上、まず第一段階として志佳子及びその子供三人に前訴事件を提起させ、その結果、志佳子及びその子供三人が最大限の慰謝料を取得した後、第二段階として、今度は原告自身が固有の慰謝料の支払を求めて、本訴を提起してきたのであれば、そのような原告の慰謝料請求は、場合によれば、権利の濫用として許されないこともあろう。

しかし、本件はそのような事例ではない。原告は、志佳子及びその子供三人が前訴訟事件を提起したことを知らず、前訴事件に参加しようにも参加できなかつたのである。以上の次第で、原告が被告らに対し、三津山鬼志男死亡による固有の慰謝料請求をすることは、当然許されるものと解する。

2  慰謝料額

原告は、三津山鬼志男が近所に住んでいたことから、三津山鬼志男の存在を心の支えの一つにしていたところ、被告織田が運転する赤信号を無視した暴走車により、三津山鬼志男が死亡させられたことから、残念でたまらず、原告の悲しみは非常に大きかつたことが伺える。

しかし、原告は、本件事故当時は勿論のこと、事故後現在に至るも良子と一緒に暮らしており、本訴の原告本人尋問が実施された平成八年二月一三日当日も、歩行力の衰えた原告のことを気遣い、良子が当裁判所の法廷まで付き添つてくれたのであり、当裁判所も前同日の法廷で、親思いで孝行娘である良子の存在を目の当たりにしている。

したがつて、原告は、三津山鬼志男が本件事故で死亡したことにより、精神的な苦痛が大であつたことは伺えるが、原告には、本件事故当時は勿論のこと、現在でも原告と同居して原告の面倒を見てくれている良子がいることや、前訴判決では、父親を亡くし交通遺児になつてしまつた三人の子供達の慰謝料でさえ、一人当たり四〇〇円に過ぎなかつたことを考慮すると、原告の慰謝料額は、二〇〇万円をもつて相当と認める。

3  付言

ちなみに、本件事故は、被告織田が、最高速度を時速四〇キロメートルと指定された交差点を、赤信号を無視し時速九〇キロメートルで加害車を暴走させ、三津山鬼志男が運転する被害車に衝突させて、三津山鬼志男を死亡させたものであり、三津山鬼志男は、本件事故当時四四歳の働き盛りであつて、交通遺児となつた三人の子供は、未だ一二歳、九歳、六歳に過ぎなかつた(乙二による)。

財団法人・日弁連交通事故相談センター発行に係る交通事故損害額算定基準(平成三年一二月発行の一三訂版)によると、一家の支柱の死亡による慰謝料額は、二〇〇〇万円から二六〇〇万円となつている。被告らが本訴で二〇〇万円の慰謝料の支払を命じられても、前訴判決の慰謝料額二二〇〇万円を加算した慰謝料総額は二四〇〇万円に過ぎない。

したがつて、極めて悪質な本件事故の態様(信号無視・時速五〇キロメートルものスピード違反)を考慮すると、被告らが、前訴判決が命じた損害賠償金を全額支払つたことにより、全てが解決したものと思つていたのに、今回又しても原告から本訴を提起されて、不快感を抱いたとしても、被告らに同情する余地がないことを付言しておく。

第四結論

一  以上によると、被告らは原告に対し、慰謝料二〇〇万円及びその一割の二〇万円の弁護士費用、以上合計二二〇万円の損害賠償金、及び内金二〇〇万円に対する平成五年四月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

二  よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき民事訴訟法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 紙浦健二)

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